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楽楽物語 (Ⅱ) 第三の乗客

 
 
 ワインとお肉とスクリーンミュージック。さぁ舞台が整いました!本日の楽楽劇場開演です。
  
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  お客様、もしまだでしたら、いつの日かここに登場します『シェーン』と『第三の男』をご鑑賞になられますことをお薦め申し上げます「シェーン、カムバック、シェーン・・・」少年の声が山間(あい)にこだまする『シェーン』のラストシーン。そして『第三の男』のエンディング、共に良いですね。
 チターが奏でる名曲、『第三の男』のあの曲を思い出しながら次の話を読んで頂ければと思うのです。チャンチャ、チャチャ、チャーンチャ、チャーンのあの曲です。思い出せない方は『ロッキー』でもなんでも自分のノリで。
 
 厨房を出て男はバスに乗り込んだのです。 
バス等ご利用でない方もおられましょう。そのバスは座席の向きが横向き前向き、高さもまちまち。 進行方向左側の前方に幾つかの横向き席、右側と後方は全て前向き。気分的にはどことなく協調心を削(そ)ぐ配置です。
 
 第一の乗客はこの横向き座席。酔いのまだ抜けきってない五十代後半。営業部長といった趣の恰幅の良いA氏です。
 第二の乗客は右側前向き、A氏の真正面。頭髪から世代的にはA氏よりふた回りは若いスーツ姿の青年B君。この時点でその人となりは測れません。
 B君のすぐ後が厨房からの男、第三の乗客です。
この日は他に客も無く終始三人だけの最終バスです。その三人揃って出口に近い前方席です。

 バスが始発駅を出発しました。  
程なく携帯の着信音です。慌ててB君、発信者を確かめます。 
 「先ほどは本当にありがとうございました。すっかりご馳走になりました」
 真後ろ故に第三の乗客には相手の声まで聞こえてきました。
 「今ホテルに戻ったところです・・・」声の主は年輩です。
B君は車内に気を遣って「いえいえ、どーも」「そうですか!・・・いいえ」と小さな声です。相手はB君の状況に気を配れぬ程ご馳走になったようです。一向に電話を切る気配がありません。B君の親身の接待が窺えます。
 その時 「携帯電話は他のお客様のご迷惑になります。電源をお切りになるか、マナーモードに・・・」女性の録音アナウスです。
  第三の乗客がなにげにA氏をみたのです。A氏は頼られたと思ってか、それとも性癖なのか、「ほかのお客さんがいるぞ!携帯を切らんか!」と突如B君に怒鳴り始めたのです。静かさを促すにしては過ぎた大声です。
 もとより切る機会を探っていたB君の戸惑いは増幅します。そしてその戸惑いは即、第三の乗客の戸惑いです。
 立場上、騒動に引きずり出された運転手さん、マイクで「他のお客様の迷惑になります。電話を切って下さい」と、他のお客様の為という“大儀の御旗”をA氏に翳(かざ)し手渡します。勢いづくA氏の怒声、マイクの伴奏。静寂命じる“大儀の御旗”執拗に賑やかです。 
 そんな中B君の態度に変化が起きます。心砕いた接待の重要性を思い出したか、それとも単にA氏と電話の相手の人間性を秤に掛けたか、今度は落ち着いた誰にも聞こえる声で「そんなに喜んで頂いて僕も嬉しいです。どうか先ほどご提案した件、宜しくお願いします」「はい、はい、あ~そうですか、いえ、こちらもご一緒できて光栄でした・・・」礼を尊(たっと)び、発信者が電話を切るまで待つ覚悟です。
 すると それを聞いてなにやら思い当たるのか千切れんばかりにうち振られていた“大儀の御旗”が萎(な)えたのです。A氏、きっと彼もまた、接待の最後の詰めの重要性を肝に命じて知る人なのです。
 程なく電話は切れました。

 ここで『第三の男』のラストシーンをあの曲と共に思い出して欲しいのです。
 枯れ葉散る街路樹の長い道。主人公のせいで恋人“第三の男”を亡くした女性が、待ち受けるその主人公を見向きもせずに歩き去るシーンです。最後に曲が余韻を断ち切る歯切れの良さで終わります。
 
 一方、青年B君はA氏をはっきり一瞥し、そして何事もなかったごとく無言でバスを降りました。名曲が余韻を断ち切る歯切れの良さの再演です。
 
 次のバス停、A氏は運転席に一声掛けて降りました。ちょっぴり照れた愛想笑いにくるまれて、御旗はしかと返えされました。
 
 さぁ、唯一の“他のお客様”、第三の乗客の停車場です。
 「お客さん、すみませんでした、お客さ~ん」と山間にこだまするほど叫んで欲しいわけではないのです。が、運転手さん、ここに来て募る苛立ちの捌け口を見つけたか、語気荒く「お客さん!危ないですから、バスが完全に停車するまで席は立たないでください」
 “大儀の御旗”を“忠義の旗”に持ち替えて、その竿先でお客の背中をつつくのでした。
  
 さて、このつつかれ男“第三の乗客”のラストシーン、貴方なら一体どんな曲を付けますか。
無言で肩を落としめる『葬送曲』?
 それともやはり躍動感溢れ、闘争心かき立てるあの『ロッキー』ですか。