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醤油(しょい)実  

           
醤油の実蘊蓄:夏はキュウリ(もろきゅう)で、冬には茹でて
ぽっくりと皮の剥ける里芋に(ぽっくり芋〉。また 麦めしとろろの箸休め。
            
            里芋  里芋

 醤油(しょい)実  麹(こうじ)の報酬改訂

 真夏の昼下がり、男が馴染みの無い味噌屋で味噌と醤油の実麹(こうじ)を注文すると、初めて店番を任されたのか、年の頃十三、四の娘は「えっ?」と首を傾(かし)げた。
 男が「こうじ、しょいのみこうじ」とゆっくり念を押すと、了解したのか「しばらくお待ち下さい」と、たどたどしく言って奥に消えた。
 入れ替わりにこの店の隠居がぐい飲みを持って現れ、「一杯どぎゃんですか」と言う。 男は「不調法ですけん」と断るが「甘酒ですけん」と勧める。それではと口に含むと生暖かいがこれが美味い。
 馳走になってだんまりも何だと、男が土間の椅子から周りのくすんだ壁に話の糸口を探すと、時代がかった柱時計の横にお城復元整備の寄付を募った役所からの感謝状が掛けてある。
 《一口城主の証》
 額に治まってどこか誇らし気なそれに、巧みに庶民心をくすぐる資金集めに秀でた知恵者が役所にはいるもんだと、寄付など縁のない男は何となく後ろめたい自分の気持ちを押し隠してそう思った。
 「櫓(やぐら)の他に石垣も何箇所か扱いよるですね」と切り出すと、隠居は徳利を男のぐい飲みに更に傾けながら「それが出るとです」と言う。「石垣から骨が・・・」
 「その度に工事ば止めて供養ばしよるとです」と声を殺して言った。
 暗がりの土間で俯(うつむ)き加減の隠居の顔は背後のまばゆい陽光の所為で良くは見えない。
 あの堅牢でとりわけ優美な石垣工事の最中に幾人もが死んだのだ。
 ・・・でも待てよ、事故なら遺体が其処に放置される筈もない。石垣から骨が出るのはおかしい。そうだ、昔聞いた、城内の井戸や抜け道造作の苦役に駆られ、秘密保全を盾に殺(あや)められた者達、彼らの骨に違いない。秘密裏に葬るに工事半ばの石垣ほどもってこいの場所もない。男はことの意味するところをほぼ合点した。
 隠居は更に「この先に山伏塚があるでっしょ。本因坊なんとか言う・・・。この山伏、間者(かんじゃ)だったと言う話です。間者に塚はいらんです」
 「こき使いあやめた側も、この山伏にかこつけて、表に出せん不運な霊を塚でも建てて鎮めんことには自分たちの気の休まる時も無かったでっしょ」
 「でも、今でもとりわけこぎゃん暑か日は、弔われ、鎮められたはずの怨霊がこうじという言葉を聞いただけで昔の無料(ただ)働きば思い出すのか、白装束で出てきては誰彼構わず『工事のお代、工事のお代』とせがむとです」そう言うと隠居はくるりと背を向けた。
 たかが甘酒でやけに火照(ほてる)る自分の体に戸惑いながら、男は朦朧(もうろう)とした意識で立ち去る隠居を見やった。

 土間の時計が時を刻んだ。陽は傾いていた。
 待ち兼ねてた娘は目覚めた客に気付くと、ためらいがちに「味噌が二キロで千五百円・・・それに・・・」と言い淀(よど)む。
 男はまだボーッと上の空でそれを聞きつつ、気配にひょっと顔を上げると娘の後ろに白装束の山伏がいる。その山伏が恨みがましい声で「こうじのお代、こうじのお代・・・」と言った。
 男は「あっ」と息を呑み、震える指でもどかしく金を置くと、釣りも荷もほったらかして脱兎(だっと)の如く、否、酔った兎の体(てい)で飛び出した。
 「じいちゃん・・・」娘は呆気にとられ祖父を見た。そしてその祖父に促(うなが)されすぐに客の後を追った。
 蔵用の白装束は今も隠居の気を引き締める。久しぶりに蔵で一汗掻く気になった。
 一汗掻けば晩酌の〈甘酒落とし〉がより美味かろう。
 「それにしても」と隠居は思った。
 日頃石垣や城改築にさほどの関心は無かった。ましてや気紛れに初めての客に焼酎を勧めることなどあり得なかった。
 孫娘を待つ間、そんな自分に戸惑いながら柱時計に映る自分を眺めた。普段と変わらぬ赤ら顔の男がいる。そしてふと、隣の《一口城主の証》の額を見つめた。訝(いぶか)しげに見つめた。額の硝子の奥の白装束が時計に映る白装束の我が身と異なる。思わず隠居は振り向いた。だが自分の他に誰もいない。西日を遮(さえぎ)る何も無い。なのに土間は突然の冷気に呑まれ、額の中の頬の痩(こ)けた白装束が「工事のお代、工事のお代~」と自分に言うのを隠居は確かに聞いた。                                       
                                  了             
 
 水、塩、麹。程良く寝かせし醤油の実は、暑い季節の箸休め。この夏お客様が少しでも涼しく、より健(すこ)やかであらせられますように。 醤油の実お見舞い申し上げます。        
                        『楽楽メニュー考』より〈醤油の実〉



 
               楽楽物語 (Ⅰ) Google三景、twoノックを読む
    



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楽楽 食欲の秋 意外の秋

  CAP8E109 意外の秋
                     
HP『楽楽メニュー考』やブログ『楽楽物語』の挿し絵でお馴染みの妹の絵が今年のビエンナーレ(旧熊日総合美術展)で入選しました。総合美術展時代、“熊本放送賞”や“県立美術館賞”も頂いていますが、近年は当店の仕事に加え、母の介護等多忙の日々。気合いを入れ直しての出展、周りのほうがその頑張りを喜んでいます。
 この秋、美術館に行かれることがおありでしたら、日本画 林千代子、つたない絵ですが目を留めてみてください。すみません、絵のタイトル、展示期間を私、愚兄はまだ知らないのです。




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