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醤油(しょい)実  

           
醤油の実蘊蓄:夏はキュウリ(もろきゅう)で、冬には茹でて
ぽっくりと皮の剥ける里芋に(ぽっくり芋〉。また 麦めしとろろの箸休め。
            
            里芋  里芋

 醤油(しょい)実  麹(こうじ)の報酬改訂

 真夏の昼下がり、男が馴染みの無い味噌屋で味噌と醤油の実麹(こうじ)を注文すると、初めて店番を任されたのか、年の頃十三、四の娘は「えっ?」と首を傾(かし)げた。
 男が「こうじ、しょいのみこうじ」とゆっくり念を押すと、了解したのか「しばらくお待ち下さい」と、たどたどしく言って奥に消えた。
 入れ替わりにこの店の隠居がぐい飲みを持って現れ、「一杯どぎゃんですか」と言う。 男は「不調法ですけん」と断るが「甘酒ですけん」と勧める。それではと口に含むと生暖かいがこれが美味い。
 馳走になってだんまりも何だと、男が土間の椅子から周りのくすんだ壁に話の糸口を探すと、時代がかった柱時計の横にお城復元整備の寄付を募った役所からの感謝状が掛けてある。
 《一口城主の証》
 額に治まってどこか誇らし気なそれに、巧みに庶民心をくすぐる資金集めに秀でた知恵者が役所にはいるもんだと、寄付など縁のない男は何となく後ろめたい自分の気持ちを押し隠してそう思った。
 「櫓(やぐら)の他に石垣も何箇所か扱いよるですね」と切り出すと、隠居は徳利を男のぐい飲みに更に傾けながら「それが出るとです」と言う。「石垣から骨が・・・」
 「その度に工事ば止めて供養ばしよるとです」と声を殺して言った。
 暗がりの土間で俯(うつむ)き加減の隠居の顔は背後のまばゆい陽光の所為で良くは見えない。
 あの堅牢でとりわけ優美な石垣工事の最中に幾人もが死んだのだ。
 ・・・でも待てよ、事故なら遺体が其処に放置される筈もない。石垣から骨が出るのはおかしい。そうだ、昔聞いた、城内の井戸や抜け道造作の苦役に駆られ、秘密保全を盾に殺(あや)められた者達、彼らの骨に違いない。秘密裏に葬るに工事半ばの石垣ほどもってこいの場所もない。男はことの意味するところをほぼ合点した。
 隠居は更に「この先に山伏塚があるでっしょ。本因坊なんとか言う・・・。この山伏、間者(かんじゃ)だったと言う話です。間者に塚はいらんです」
 「こき使いあやめた側も、この山伏にかこつけて、表に出せん不運な霊を塚でも建てて鎮めんことには自分たちの気の休まる時も無かったでっしょ」
 「でも、今でもとりわけこぎゃん暑か日は、弔われ、鎮められたはずの怨霊がこうじという言葉を聞いただけで昔の無料(ただ)働きば思い出すのか、白装束で出てきては誰彼構わず『工事のお代、工事のお代』とせがむとです」そう言うと隠居はくるりと背を向けた。
 たかが甘酒でやけに火照(ほてる)る自分の体に戸惑いながら、男は朦朧(もうろう)とした意識で立ち去る隠居を見やった。

 土間の時計が時を刻んだ。陽は傾いていた。
 待ち兼ねてた娘は目覚めた客に気付くと、ためらいがちに「味噌が二キロで千五百円・・・それに・・・」と言い淀(よど)む。
 男はまだボーッと上の空でそれを聞きつつ、気配にひょっと顔を上げると娘の後ろに白装束の山伏がいる。その山伏が恨みがましい声で「こうじのお代、こうじのお代・・・」と言った。
 男は「あっ」と息を呑み、震える指でもどかしく金を置くと、釣りも荷もほったらかして脱兎(だっと)の如く、否、酔った兎の体(てい)で飛び出した。
 「じいちゃん・・・」娘は呆気にとられ祖父を見た。そしてその祖父に促(うなが)されすぐに客の後を追った。
 蔵用の白装束は今も隠居の気を引き締める。久しぶりに蔵で一汗掻く気になった。
 一汗掻けば晩酌の〈甘酒落とし〉がより美味かろう。
 「それにしても」と隠居は思った。
 日頃石垣や城改築にさほどの関心は無かった。ましてや気紛れに初めての客に焼酎を勧めることなどあり得なかった。
 孫娘を待つ間、そんな自分に戸惑いながら柱時計に映る自分を眺めた。普段と変わらぬ赤ら顔の男がいる。そしてふと、隣の《一口城主の証》の額を見つめた。訝(いぶか)しげに見つめた。額の硝子の奥の白装束が時計に映る白装束の我が身と異なる。思わず隠居は振り向いた。だが自分の他に誰もいない。西日を遮(さえぎ)る何も無い。なのに土間は突然の冷気に呑まれ、額の中の頬の痩(こ)けた白装束が「工事のお代、工事のお代~」と自分に言うのを隠居は確かに聞いた。                                       
                                  了             
 
 水、塩、麹。程良く寝かせし醤油の実は、暑い季節の箸休め。この夏お客様が少しでも涼しく、より健(すこ)やかであらせられますように。 醤油の実お見舞い申し上げます。        
                        『楽楽メニュー考』より〈醤油の実〉



 
               楽楽物語 (Ⅰ) Google三景、twoノックを読む
    



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楽楽物語 (Ⅰ) Google三景、twoノック


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                           うべ

 
Googleマップ、 もとより皆様ご存知ですね。航空写真でちょっとしたハイテク技術を駆使した気分が味わえます。
 我が家を覗いてみました。ご近所の赤い屋根は直ぐ判別できるのに自分の家が見あたらないのです。あるべき場所に赤い屋根など無いのです。この世から家もろとも我が身が抹殺された気分です。
 特に迷信深くは無いですが、最近何か良からぬ事が起こったり、不吉な思いが過(よ)ぎった時など、魔除け厄除け、事の好転を願い近くの壁や何かを二度ノック。 
 ここも、「建て売りローンをやっと終えたばかりで抹殺はないだろう・・・」とばかり「トン・トン」
  するとハタと思い当たりました。ご近所はある時期、瓦の掃除とペンキの上塗りを終えているのに、手入れの届かぬ我が家の瓦は苔むし黒ずみ、衛星カメラに赤だと識別することをあっさり拒否されたというわけです。
 このようにこのマップ優れものですが、所によっては精密度に差があります。

 世界貿易センターツインビル跡地グランドゼロと、別寒辺牛(べかんべうし)村を空から、と思い立ったのです。 前者はご存知、2001年 9・11の現場です。一度も訪れたことのない街です。
 後者は道東、釧路の東。近年、隣の厚岸湖と共にラムサール条約に登録された別寒辺牛湿原の近くです。三十年前、牧羊犬や牛達と三度の冬を過ごした場所です。
 待ち侘びた春に狂喜し急降下する野地シギの地。たまに目測を誤り凍(い)てた大地に激突するのもいます。 そしてまた、「クー」と鋭く鳴いて大空を横切る丹頂鶴の里。牧草地にはキタキツネが徘徊し、蝦夷(エゾ)モモンガが松林を滑空する、そんな土地です。
 
 画面に備わる〈一〉から〈二十〉の拡大機能のレベル〈十〉で、まず道東南部に目をやります。頻繁にジープを駆(か)った国道44号線が目に入ります。釧路の郊外から蝦夷松林を抜け、最東端、北方領土の望める根室に迄通ずる道です。
 衛星カメラも広大な緑の森を捉えています。森を抜けると、牡蠣や昆布の良漁場、厚岸湾、厚岸湖です。この町を過ぎるとお目当ての別寒辺牛村までもう一走り。
 しかしここで、懐かしさ、勿体なさも相まって、三十年の間隙を一気に埋めていきなり空からこの地に踏み入ることが躊躇(ためら)われたのです。 
 
 いったんカメラを“グランドゼロ”に切り替えました。レベルを上げて近づきます。そして最大のレベル〈二十〉。膨大な瓦礫の山も、その山に山と埋もれた悲しみさえも、時を経て片付けられてしまった如く、整地の済んだその地には次の工事に備える重機、トラック、人の影さえ映し出されていたのです。
 
 2001年九月九日、日本で最初のBSE感染牛が報告された日、願ったのです。「この件が霞むほど何かどでかい事が起きればいい」と。
 そして二日後、大地に激突するあのシギさながらにツインタワーに突っ込む二機の飛行機、あの映像が飛び込んでききたのです。程なくイラクへの空爆・・・。
 
 思えば9・11ならぬ9・9は「美味しい物は身体に良いんだ」という無邪気な従来型の認識を、鉄槌もって打ち砕く一大事件であったのです。厨房に立つ者として、浅はかで愚かな願いを恥じたのです。
 
 グランドゼロ 9・11および9・9に・・・ ツゥーノック 「トン・トン」

 再び別寒辺牛村の上空です。
 拡大レベル〈十一〉で根室本線、糸魚沢(いといざわ)駅が見てとれます。別枠で当時より幾らかモダンな駅舎の写真も表示されます。 この駅を背に北に進むと湿地を取り込み起伏も多い、見回るだけでかなりの時を要するあの牧場・・・。レベルを上げて〈十二〉、〈十三〉。このあたりのはずです。〈十四〉〈十五〉、急に画像の質が落ちました。
 レベル〈十六〉。刹那、丹頂の澄んだ一声。そこに二匹のボーダコリーを従えて口を開け夢見ごこちでこちらを見上げる一人の牧夫、若きおのれを見たのです。
 慌てて目を凝らします。すると「恐れ入りますがこの地域の詳細画像は表示出来ません。ズームアウトして広域表示をご利用下さい」と、あるのでした。
 
 Googleマップ抜かりなし。その鮮明さの至らぬ所は、時に埋もれた郷愁などをも掘り起こし垣間見させてくれるのです。
 
 澄み渡る天空を、もの悲しくも丹頂のなんと優美に翔(と)び行くことか!
 別寒辺牛村 ・・・NON ・・・ノック。




 
             

序章 零と最初の一歩のお話

 初期の暗号ミステリーに英文の最頻出アルファベットは小文字の〈e〉だと言うのを鍵に謎解きを進めて行くのがありました。ガス燈時代のほの暗い一室で、作者は日がな一日虫眼鏡を片手に新聞とでも格闘してこの鍵を手にしたに違いないのです。
 それに触発されて、「現在日本のネット上で最も頻繁に登場する漢字一字は何だろう」と【Yahoo!】で調べてみたのです。思い付くまま〈夢〉〈金〉〈愛〉等々・・・。
 無論これらも高頻出なのですが、まだ上がありました。それは〈金〉の四倍、〈愛〉の十倍の頻度でネット社会に君臨しているのです。どんな語かおわかりですか?
 「えっ!、そんなことに日がな一日虫眼鏡・・・、やってられな~い」ですって。
簡単、検索一発、ネット時代の日本なのです、お客様。



それほど意図したわけでも無いのにその語はここ迄それぞれ六度も出てきます。数えてみて下さい。ネット上で他を圧し拮抗して登場する漢字は数字の〈一〉と〈日〉なのです。その日、どちらも十八億三千万というページ数でした。
 でもまぁ当然と言えば当然、ここは一等最初に日出(ひい)ずる国なのですから。
 ただ穿(うが)った味方をすれば日本のネット世界は〈一〉と〈日〉、つまりは〈一日〉が十八億三千万も蠢(うごめ)く世界だったのです。
 ちなみにアルファベットの最頻出語はここでは〈e〉ではなく〈a〉でした。数字は無論〈0〉と〈1〉、ご推察通りです。
 それにしてもこの十八億三千万の一日・・・一日・・・。他の語の場合と異なりその数は思い立って最初に開いたその時限りで二度と表示されることはありませんでした。ネットは生き物、日進月歩。いろんな動きがあって当然ということでしょうが、でもその時何故か、何かが慌てて取り繕ってこの数を消し去った。そんな印象を持ったのでした。

 さて恐縮ですが本題です。あるお客様が「ここのホームペ-ジは面白い」とお連れのお客様にお勧め頂いてのを聞きつけ、その気になって次を試してみたのです。〈楽しい話〉四十万、〈楽しい物語〉九百万。しかし、いかにもありそうな〈楽楽物語〉、その名のページは皆無なのです。零なのです。

 開店以来半世紀、この節目にコマーシャル。当店とメニューに纏(まつ)わる“楽書き”集めた物語。
その名も『楽楽物語』 さぁ、軽やかに最初の一歩、快発進!!

 ・・・されど、さながら、〈ら〉抜き言葉、・・・〈苦苦物語〉的、怪発進!

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                    紫陽花(あじさい)月 



過去と来世と近未来
 メニュー考◆待って曲がって◆の時代。初老の紳士が暖簾(のれん)のまだ掛けられてない店内に入った。母は手を止め挨拶を交わすと、お茶を勧めて用件のきり出されるのを待った。
 久しぶりに訪れた亡き夫の友人にああ穏やかに頼まれると忙しさを理由に断れる話でもなかった。
 事を先延ばしに出来ぬ彼女は翌日店の片隅に立ったまま次の文を書いた。

 《静かな国から》
 色の黒いことで県下に名を挙げ、健康に恵まれていたつもりの小生が、いつの間にか肝硬変という悪友と道連れになり、老いたる両親と6人の小さき者ども、そして愚妻を残して旅に出で、致し方なく静かな日々に入り、外輪の峰をへいとして眠りここに十四年!
 例年酷暑も過ぎてせみの声もうら哀しい頃、迎え火に帰心矢の如く帰宅する。そして3間は家族の独り言に耳を貸してやる事にしている小生に、今年は楽しいニュースがあるとさし出された枚の写真。さて!白髪?これは失敬、何時の組閣の写真とよく見たら、ワァー居る居る、神水時代のあの友、この友。息はずませて食い入るように眺めた、眺めた。人思いは遠く青春の頃をかけめぐる。「息の持ち合わせがあれば出て来い林」と言ってくれるようで口惜しくもうれしい限りだ。しかも生地内牧の湯の里で賑やかな夕のさまざま、小生も生あらば卒業後腕をあげたチャールストンのつも踊れたのにと、返す返すも残念に思う。それにしても愚妻の奴、代理と言う勝手な言い訳のもとに、調子外れの糸の御ひろうをした由、諸兄の御耳を汚してお恥ずかしいことだ。
 諸兄は健やかに、そして業なり名を遂げ悠々自適の朝夕を送り、今尚第線で御活躍の士もあられるとか。益々のご発展を祈る次第。小生の静かな国は決して決して急いで来る処ではないということを先輩として申し上げておく。せいぜい本国で余生を楽しまれんことを。十六の夕べ送り火と共に又旅に出る。諸兄のますます健やかならんことを祈る。
 四十四年八月十五              静かの国の住人 林 武 (代筆 林 照子)
 同期の諸兄へ

 この文が掲載された小冊子、熊二師卒四十五周年記念回顧録、その巻頭言に「人類月に立つ歴史的な秋、・・・」とあります。〈静かの国〉は当時話題をさらったアポロ着陸の地〈静かの海〉からの発想でしょうか。
 あの時〈静かの海〉から送られる映像と音声に世界の多くが感嘆、歓喜したものです。コンピューターを駆使することで成し得た人類の英知とその偉業を讃える人、人。

 この父の、いや母の《〈静かな国から》、奇妙ななことに〈一〉が六度、〈日〉が六度。〈一日〉が六度。何故か冒頭の文のそれにこの数が呼応するのです。
 もしかして!大方の予想に反し、来世も何やらめまぐるしい一日が、安息日、第七の一日無く繰り返される世界?その暗示?
 父が母に文中で〈一日〉を六度も多用させることで、そんな来世を《静かな日々》と揶揄しつつ、この世界「決して決して急いで来る処ではない」と、同期の友への語りを借りて、苦を厭(いと)わず働く母を気遣い母自らの筆をして諭(さと)しているかのようなのです。
 この諭しの効あってかあらでか九十二歳、最初に暖簾掲げたこの母措いて当店は語れません。
 
 それにしてもあの十八億三千万の〈日々〉・・・。年換算で五百万年・・・。
 人類が原始の道具、拳(こぶし)大の石を片手にチンパンジーと決別し地上に君臨するために二足歩行を始めた日から、パソコンを手にした現代までの経過年数に完全に一致するのです。
 五百万年の一日・・・一日。もしかしてあの日、〈一〉と〈日〉を最初に検索した日、コンピューターが人類の進化の過程とその秘密に迫る五百万年の一日一日を、お家芸の〈0〉と〈1〉を駆使し、秘かに急ぎ最後の解析をしていたのだとしたら・・・。自らが君臨すべき時、今来たりて。
 人とコンピューターの蜜月時代はアポロの月面着陸で終わりを遂げた?餅つく兎のお顔の辺り《静かの海》で・・・。送られる画像の陰でコンピューターが人類に最初の拳を挙げた?世界中が人類の英知と偉業を称え合う、まさにあの日に。
 その事を〈静かな海〉を見下ろす〈静かの国〉の住人父が、かって母を気遣い母自らの筆をして諭したように、「一日が十八億三千万も蠢く」とか「ネットは生き物」などのお客様への私のしたり顔の語り口を通して、今又憂(うれ)い、警告しているのだとしたら。
 コンピューターにとってもはや人類は人類自らが進化の過程で置き去りにしたあの五百万年前のチンパンジーにすぎないことを
                              おわり

追記;気丈夫な母はそんな置き去りチンパンジー的行く末を嫌ってか、あるいは餅つく兎の顔のあたりで自ら現世に一睨みきかせんと思い立ってか、雨に紫陽花の季節九十三歳の誕生日目前に他界。「お母さんなどぎゃんしとんなはるね?」と、昨年赤い薔薇の花を母のためにお持ち頂いた開店当初からのお客様を始め、永きに渡り賜りました多くの方々のご贔屓、ご厚情に暑く御礼申し上げます。

  お客様各位
                               
                       
      楽楽物語 (Ⅰ) Google三景、twoノックを読む



◆煮込みの旨味◆

煮込みの旨味

◆煮込みの旨味◆

 店内はどこか田舎の土間にでも迷い込んだような心地良さ、老舗の味はもちろん
その心地良さが人伝(ひとづて)に旅先の小沢氏をそこに呼んだのでしょう。
真夏の昼下がり、立ち寄ったある蕎麦(そば)屋さで兄、厨房さんがラジオ番組
「小沢昭一の小沢昭一的こころ」のご本人に出合った時のお話なのです。

 他にお客様も無く、姿を見せた初老の主人が氏に殊更気づかうでもなく蕎麦を置き、
次にうわずった兄の注文にも軽く頷くとまた奥に消えたのでした。

 どことなくちょっととぼけたあの表情、そんな氏に声を掛けるその機を逃した兄なのです。
他方、向かい合う離れ席で中腰のまま固まってしまった五分刈り男、その人となりを
人を観(み)るに長(た)けた熟年の俳優が見抜けぬ筈もないのです。

 やがて腰の引けた兄の心に響いてきたのが絶妙な蕎麦啜(すす)り、“ソバ芸”なのでした。
まず「ズズーッ」とおもむろにうながすように、そして強く「ズッ、ズッ」と諫(いさ)める如く
諭(さと)すが如く。次にまた誘うように「ズーッ」いなすように「ズーッ」
番組でいつもネタになる小心な日本のお父さんとして填役(はまりやく)、ハナレ席に
跳びひぞって事を覗(うかが)う、そんな兄に捧げられたソバ芸なのでした。
厭味無く、あの方らしい茶めっ気たっぷり・・・。

 この時以来兄は「小沢氏と当店のホルモン煮込がイメージとして重なる、どちらもすこぶる
旨いは旨いが上品さが売りではないな」と言うのです。なんと、まあ・・・。

 未だ氏が来店されたり、当店のホルモン煮込を召し上がったという事実は残念ながら無いのですが、「上ネタのホルモン煮込? ふん、僕ね、どっちかと言うと反対のネタが・・・」小沢氏ならそう
仰りかねないのです。

 兄の言う“ソバ芸”(?)なるものが本当に存在したのか。お蕎麦屋さんでお会いしたのは本当なのです。でも兄のこと、真夏、小沢昭一という強烈な個性の毒牙にかかってただ熱にうなされただけなのかも。

                       了

  
 2012年12月、俳優小沢昭一さんが他界なさいました。ファンの一人として心よりご冥福お祈り申し上げます

  この春、兄がご恩になった方をお連れして十数年ぶりにこのお蕎麦屋さんを訪れたところ、近所の人の話では「数年前ご主人が亡くなられて閉店されましたよ」とのことだったそうです。



楽楽物語 (Ⅱ) 第三の乗客

 
 
 ワインとお肉とスクリーンミュージック。さぁ舞台が整いました!本日の楽楽劇場開演です。
  
                     IMGP0349_convert_20080916234333_convert_20080916234918.jpg                                                                                                                           
  お客様、もしまだでしたら、いつの日かここに登場します『シェーン』と『第三の男』をご鑑賞になられますことをお薦め申し上げます「シェーン、カムバック、シェーン・・・」少年の声が山間(あい)にこだまする『シェーン』のラストシーン。そして『第三の男』のエンディング、共に良いですね。
 チターが奏でる名曲、『第三の男』のあの曲を思い出しながら次の話を読んで頂ければと思うのです。チャンチャ、チャチャ、チャーンチャ、チャーンのあの曲です。思い出せない方は『ロッキー』でもなんでも自分のノリで。
 
 厨房を出て男はバスに乗り込んだのです。 
バス等ご利用でない方もおられましょう。そのバスは座席の向きが横向き前向き、高さもまちまち。 進行方向左側の前方に幾つかの横向き席、右側と後方は全て前向き。気分的にはどことなく協調心を削(そ)ぐ配置です。
 
 第一の乗客はこの横向き座席。酔いのまだ抜けきってない五十代後半。営業部長といった趣の恰幅の良いA氏です。
 第二の乗客は右側前向き、A氏の真正面。頭髪から世代的にはA氏よりふた回りは若いスーツ姿の青年B君。この時点でその人となりは測れません。
 B君のすぐ後が厨房からの男、第三の乗客です。
この日は他に客も無く終始三人だけの最終バスです。その三人揃って出口に近い前方席です。

 バスが始発駅を出発しました。  
程なく携帯の着信音です。慌ててB君、発信者を確かめます。 
 「先ほどは本当にありがとうございました。すっかりご馳走になりました」
 真後ろ故に第三の乗客には相手の声まで聞こえてきました。
 「今ホテルに戻ったところです・・・」声の主は年輩です。
B君は車内に気を遣って「いえいえ、どーも」「そうですか!・・・いいえ」と小さな声です。相手はB君の状況に気を配れぬ程ご馳走になったようです。一向に電話を切る気配がありません。B君の親身の接待が窺えます。
 その時 「携帯電話は他のお客様のご迷惑になります。電源をお切りになるか、マナーモードに・・・」女性の録音アナウスです。
  第三の乗客がなにげにA氏をみたのです。A氏は頼られたと思ってか、それとも性癖なのか、「ほかのお客さんがいるぞ!携帯を切らんか!」と突如B君に怒鳴り始めたのです。静かさを促すにしては過ぎた大声です。
 もとより切る機会を探っていたB君の戸惑いは増幅します。そしてその戸惑いは即、第三の乗客の戸惑いです。
 立場上、騒動に引きずり出された運転手さん、マイクで「他のお客様の迷惑になります。電話を切って下さい」と、他のお客様の為という“大儀の御旗”をA氏に翳(かざ)し手渡します。勢いづくA氏の怒声、マイクの伴奏。静寂命じる“大儀の御旗”執拗に賑やかです。 
 そんな中B君の態度に変化が起きます。心砕いた接待の重要性を思い出したか、それとも単にA氏と電話の相手の人間性を秤に掛けたか、今度は落ち着いた誰にも聞こえる声で「そんなに喜んで頂いて僕も嬉しいです。どうか先ほどご提案した件、宜しくお願いします」「はい、はい、あ~そうですか、いえ、こちらもご一緒できて光栄でした・・・」礼を尊(たっと)び、発信者が電話を切るまで待つ覚悟です。
 すると それを聞いてなにやら思い当たるのか千切れんばかりにうち振られていた“大儀の御旗”が萎(な)えたのです。A氏、きっと彼もまた、接待の最後の詰めの重要性を肝に命じて知る人なのです。
 程なく電話は切れました。

 ここで『第三の男』のラストシーンをあの曲と共に思い出して欲しいのです。
 枯れ葉散る街路樹の長い道。主人公のせいで恋人“第三の男”を亡くした女性が、待ち受けるその主人公を見向きもせずに歩き去るシーンです。最後に曲が余韻を断ち切る歯切れの良さで終わります。
 
 一方、青年B君はA氏をはっきり一瞥し、そして何事もなかったごとく無言でバスを降りました。名曲が余韻を断ち切る歯切れの良さの再演です。
 
 次のバス停、A氏は運転席に一声掛けて降りました。ちょっぴり照れた愛想笑いにくるまれて、御旗はしかと返えされました。
 
 さぁ、唯一の“他のお客様”、第三の乗客の停車場です。
 「お客さん、すみませんでした、お客さ~ん」と山間にこだまするほど叫んで欲しいわけではないのです。が、運転手さん、ここに来て募る苛立ちの捌け口を見つけたか、語気荒く「お客さん!危ないですから、バスが完全に停車するまで席は立たないでください」
 “大儀の御旗”を“忠義の旗”に持ち替えて、その竿先でお客の背中をつつくのでした。
  
 さて、このつつかれ男“第三の乗客”のラストシーン、貴方なら一体どんな曲を付けますか。
無言で肩を落としめる『葬送曲』?
 それともやはり躍動感溢れ、闘争心かき立てるあの『ロッキー』ですか。